ただのゆーま。
快楽や虚無、物語に飲み込まれずに立てないかを考えながら書いています。
正解を提示するためではありません。
揺れながらも選ぶ、その記録です。
どうでもいいけど、大事を持てる余白が残ればいいと思っています。
虚無に堕ちていた時。
小さい時から、宗教が信じられなかった。
人より宗教や死が近い家で育ったから、みんなが嘘をついているような気がした。
死んだら終わりで、今やっていることも意味なんてない。
そんな気持ちの時があった。
快楽に溺れていた時。
どうせ意味ないなら、今気持ち良ければいい。
そんなふうに考えていた。どうせ死ぬんだから、健康なんて気にしない。
将来を考えたって、明日事故で死ぬ可能性があるなら美味しいもの食べてゲームした方がいい。
そんな考えの時があった。
物語に支配されていた時。
不摂生の先に身体が悲鳴をあげた。
だから、ダイエットをした。
そんな成功体験が僕を自己啓発へを導いた。
頑張れば変われると思いながら生活を整えていた。
でもいつの間にか、変わらないのは努力不足、いつかは報われる。
価値のある自分に意味がある、意味のない自分に価値はない。
そう捉えていた時期があった。
今も揺れながら生きている。
物語がないと、虚無に寄る。
虚無に寄ると、快楽に走る。
快楽が効かなくなると、物語に縋る。
それは気持ちの問題というより、構造の問題だと思っている。
揺れがなくなるわけではない。
それでも、今を選んでいる。
